中村さんのお米を買ってみた

今まで、放射能測定結果がNDの小関さんのお米は買ったことがある。しかし、中村さんのお米を買ったことはなかった。東北を応援したい気持ちのある私は、NDだったら積極的に買うと決めているので買うが、4歳の子を持つ母としては検出されていると知れば、心が決まらず買えずにいた。
頭の中では科学的に大丈夫と分かっている。2Bqなんて自然放射能や医療被曝に比べても相当低いし影響がないのも分かっている。それに中村さんのお米は農薬や化学肥料を使っていないお米で、事故前までは“安全でおいしいお米”として、とても人気が高かったことも分かっている。そしてお会いしたことがあるのでお人柄も分かっている。売れなくて困っていらっしゃるのも知っている。でもいざ数字を見てしまうと心が揺れ、踏み切れない。どうしてだろうとずっと疑問に思い続けていた。
 今回、注文書に書かれていた“とてもおいしい”という言葉に押されて、おいしさを味わってみるのが頭で考えているより早いかなと思い、情けない話だが、恐る恐る注文してみた。
 お米が来るまでの1週間の間に農林水産省のホームページを見てみた。たまたま、「検査結果を公表しているので見てください」という記事を目にしたためだ。それによると、20128月〜20133月の間でND25Bq/kg未満)が99.78%、2550Bq/kg0.02%、5175Bq/kg0.01%、76100Bq/kg0.0007%だった。100Bq/kg超も0.0001%くらいだが出ていた(もちろん市場には出ないけれど)。検出限界を25Bq/kgとしているのには驚いたが、政府が100Bq/kgを許容量としているのだから当然の設定なのだろう。そして、検査されているのが福島県産だけということも分かった。今回の事故の影響はホットスポットのように他県にも及んでいることがわかっているのに、他県は野放しなのだから、むしろ福島産のものの方が安全が保障されているともいえる。スーパーにはこんなものが出回っているのだ。その上、スーパーの米は何も書いてなければ農薬が使ってある。外食だって同じことだ。
 これをみると、名古屋生活クラブのNDの設定がいかに厳しいものであるかが分かる。そして中村さんのお米の2Bq というのが福島の地でありながら相当低いことも分かった。
有機農業学会誌の研究論文に、「セシウムが土の粘土質と有機粒子に吸着することがわかってきた。農産物への移行係数が土により異なる。土がセシウムをもっていても粘土質と有機粒子があれば農産物には移行しない」と書かれていたそうだ。要はきちんと有機農業をやってきた人の土ほど、土にセシウムが吸着するので農産物には移行せず、安全な農産物が採れるということのようだ。そう考えると、中村さんの土は有機粒子がしっかりあって、中村さんの農家としての技術もすごいんだろうと想像できる。
 1週間後、お米が届いた。早速精米して炊いてみた。炊きあがったご飯はつやつやピカピカ。食べてみるとモチモチしてとってもおいしい。うちの家族は「めちゃおいしい」と言っていた。しっとりしたモチモチ系のご飯が好きな人にはたまらない味だと思う。その上、何と言っても冷めてもおいしい。これにはびっくりした。5kgは買えないけど、その味は試してみたいと思われる方もみえるのではないだろうか。小包装にしてみたら、買ってくださる方もみえるかな?とかいろいろ考えた。まずは味わってみてほしいというのが、私の思いだ。

 生活クラブには他の生産者もいて、そのお米も安全でそれぞれおいしく、中村さんのお米をわざわざ選ばなくても選択肢が他にあるのは確かだ。でもたかだか2Bqのことで農家としての中村さんを認めないというのも、なんだかさみしい。まずは自分。私は買おうと決めた。だってこんなにおいしいんだから、外食を減らすとか他のことで気を付ければいい。それに、セシウムは数ある危険の1つにしか過ぎない。今の世の中、他に気を付けることは山ほどあると思う。

あーいやになる

最近、改めて自分を取り巻く世界をみると「あーいやになる」と思う。
知ってしまうと恐ろしくて買えない。こんな世の中にしてしまって、子供や孫の世代は大丈夫なんだろうか?大丈夫なわけはないよな〜と思う。「こんな世の中に誰がした?」とぼやきたくもなる。
挙げるときりがないが、挙げてみると、農薬、食品添加物、無理な方法で育てられ抗生物質を投与される
牛・豚・鶏・養殖魚、洗濯洗剤、シャンプー、食器用洗剤、家庭用洗剤、衣類の防虫剤、化粧品、髪染め剤、クリーニング剤・・・。これらがなぜ悪いかに関しては、あまりに書くことが多すぎて、収まりきらないので、今回はやめておきます。たねまきや小冊子に載っていますよね。
 考えてみたら全て化学物質。私が薬学部に入った頃も、化学万能時代で、すべてが化学でなんとかなるような気がしていた。薬学部の授業も、生薬系や生物系の科目は隅の方に追いやられ、有機化学や合成化学がメインで、とにかくたたき込まれたというか詰め込まれたという感じだった。当時の私は「薬で病気は治るもの」と思っていたし、万能な化学物質が大好きで、「おいしくなるならいいじゃない」「日持ちするなら便利だね」くらいだったし、虫が嫌いで「虫がいなくなるなら農薬も仕方ないんじゃない」くらいだった。でも、途中で「なにかおかしい」と思うようになった。
当時の私は、仕事だけでへとへとで、仕事以外の事をやる気力がない。今考えると食べ物がおかしかったのだと思う。患者さんをみれば、副作用で苦しんでいる人がいる。その副作用をカバーするために新しい薬が追加されていく。「うーんやっぱりおかしい」と思い、いろいろ探しているうちに、正しく食べることの大切さに気付いていった。人間も生き物なんだという原点に戻った気がした。そう思うと虫も「あんたたちも一緒だね〜」と愛おしくとまでは言えないが、嫌いではなくなるから不思議なものだ。私の体はというと、今は元気いっぱい。昔では考えられないほど精力的に動きまわっても疲れない。
昨今、正しく食べようとしてもなかなか難しい状況の日本。おかしな食べ物や製品がいっぱいあふれているけれど、一般の人がTVコマーシャルや広告を見て「そんなおかしいものを売っているわけがない」と思ってしまうのも無理はない。それを毎日小さい頃から見ている子どもたちは、おかしいとも思わず大きくなってしまい、自分で稼ぐようになったら当然のように買うのだろう。よさそうにおいしそうにみせるコマーシャルなんか流さないで欲しい。うちでも「添加物はいけない」「農薬は怖い」「せっけんがいい」という話をするが、旦那でさえ、そお?という感じで、自分がスーパーに行った時は添加物がいっぱいのものを買ってきてがっかりさせられる。「裏見たの?」と問い詰めたくなる。まあ、旦那のことはさておき、問題は子ども。各家庭で見分ける方法を教えるのはもちろんだが、もっと広い視野で子どもの未来を明るくするために消費者にできることは、不買行動しかないと思っている。企業も売れなければ作らないだろし、消費者が良いものを求めていると知れば、企業も儲けのためとはいえ良いものを出してくるだろう。消費者にできることはそれくらいかな。
でも、ひとりひとりの力は小さくても、まとまればすごい力になるんだぞ!消費者ってたぶんすごい存在なんだぞ!と思っている。ネイティブアメリカンは7代先のことを考えて行動するという話を聞いた。本当にすばらしい。日本人にできるだろうか?でも、考えなくてはいけないことだけは福島の事故をみれば明らかだと思う

医療被曝

病院を受診し医師に「検査しましょう」と言われてどれくらいの人が断れるだろうか?たぶんほとんどの人が「はい」と答えてしまうのではないだろうか。
日本は医療被曝大国で、医療被曝の線量の多さは世界一。その量も年々増えていて現在平均3.8Sv。自然放射線2.4Svと合わせて年間約6.2Sv浴びていることになる。今回の原発事故での追加被曝が0.1mSvというのだから、事故前から受け続けている放射線がいかに大きなものかが分かる。自然放射能は勝手に降ってくるものだから、私たちにはどうしようもないけれど、医療被曝に関しては自分でコントロールできるのではないかと思い、今回は検査による医療被曝について考えてみたいと思う。
 
日本の医療は世界を見渡せば確かに進んでいるのだが、医師がアメリカに留学するくらいだから、アメリカの方がきっと進んでいて、そのために被曝線量はアメリカの方が上だろうなぁと勝手に思っていた。でも調べてみたら、日本が医療被曝線量、世界一。これは意外だった。
医療被曝といっても日本の場合、がん治療のためではなく画像診断、つまり検査による被曝がほとんどだそうだ。がんの放射線治療と聞くと日本は被曝国であるため、放射線を嫌がる傾向にあるらしく、他の先進国に比べて放射線療法を選択する人が少ないというからおかしなものだ。医療被曝の原因となる検査はX線検査(レントゲン検査)、CT検査、PET検査などだ。X線検査は昔からあるが、CTPETという言葉も、どこかで皆さんも聞かれたことがあるのではないだろうか。最近はCTPETが一体化した機器もできているそうだ。
CT検査による被曝線量は、各種放射線検査のうち多い方に入る。被曝量は検査の部位、検査方法、機器の性能や設定によって異なるが、検査によっては一回で数十mSv~100mSvを超えるX線被曝を受けることもあるというから驚きだ。PETの被曝量はCTに比べたら少ないが、CTPETの一体型ではCTを上回ることもあるそうだ。被曝線量は次の通り。胸部X0.2mSv、腹部X1.0mSv、胃バリウム検査3.18mSV、頭部CT2.49mSv、胸部CT 5.90mSv、腹部CT 6.80mSv。(出典:北里大学病院放射線部)ちなみに歯科撮影は0.020.04mSv。(出典:日本歯科放射線学会
なぜ医療被曝世界一になるかというと、CT機器の普及率が他国より突出しているのが原因のようだ。2002年頃のデータではあるが、人口百万人あたり日本は92.6台で1位、2位のオーストラリアは45.3台、3位のアメリカは32.3台。つまり日本はオーストラリアの2倍、アメリカの3倍CTが普及していることになる。この普及率の高さにより容易に、悪く言えば安易に検査を受けることが可能となっている。
検査によりがんのような大病が見つかることもあるので、なんとも言えないが、放射線の晩発性の影響も考慮すると、利益がリスクを上回る時だけ高度な検査を受けるというのが原則だろうと思う。
こんな話を先日薬局に来た患者さんから聞いた。10代の男の子が陰部が1週間痛いと言うので、ある泌尿器科を受診したら、血液検査とCT検査をされ異常なしと診断されたとのこと。1週間痛いと言っているのに異常なしとはどういうこと?と不信に思った母親はその足で別の泌尿器科を受診。ここでは昔ながらのやり方で、肛門から指を突っ込み前立腺を触診されたとのこと。その結果、前立腺が腫れていることがわかり、前立腺炎という病名が確定し、治療に必要な薬が処方されひと安心したというのだ。医師の技術的な問題もあるのだろうが、検査に頼り過ぎている傾向はなきにしもあらず。高度な検査をすればそれだけ医療費もかさむ。

検査後の医療廃棄物の問題もある。医療放射性廃棄物の処理については、ようやく動き出したばかりで、原発事故後に規制が厳しくなったそうだ。現在、汚染度の高い備品は青森県六ケ所村の低レベル放射性廃棄物埋設センターで陸地処分されていて、汚染度の低いものについては普通に処理されているそうだ。CTやPETを受ければ、おおげさに言えば、廃棄物を増やすことにつながる。
私たちのような素人患者が診断に口を挟むことはなかなか難しいが、「この検査はどうしても必要な検査ですか?」ということくらいは医師に聞いた方がいいかもしれない。昔は医師に意見をすることなどなかなかできなかったというのが事実だったように思う。私も薬剤師になったころ、薬の確認のために連絡を入れると口を出すなと叱られたことが何度かあった。でも最近は、医療者の認識も変わり、患者の意見をよく聞いてくれるようになったと思うし、私も仕事上で叱られることがなくなったように思う(これは年の功ということもあるが…)。
私たちが患者となった場合、恐れず「必要な検査ですか?」と率直に聞いてみたらどうだろうか。そして、具合が悪くもないのに、高度な検査を安易に受けないようにしたらどうだろう。よく考えて、それでも必要と思えば受ければいいと思う。定期検診と考えて毎年のように受ける人もいるが、不摂生をしたつけを検査で安心しようなんてことがそもそもおかしいと気付いてほしい。本当に具合が悪ければ、それは医療の力を借りなければいけないと思うが、病気の大半が生活習慣に関わることを考えれば、病気の初期段階で自分で対処すれば回復する場合が多いし、たとえ病院にかかったとしても安価で済むはずだ。
体調は日々刻々と変化する。常に一定なんてことはあり得ない。肩こりであったり便秘であったり歯の違和感であったり、変化するのが人間の体だ。体のどこかしらに誰もが弱い部分をもっている。それは人それぞれ違う。それを健康のバロメーターにして、日頃から「自分の体の声に耳を傾ける」という訓練というか努力はしておいたほうがいいと思う。平穏無事な日々を過ごしたいと思っているから、そういう勘のようなものが働く状態でいたいと思っている。私の経験からいうと、忙しすぎるとこの勘が働きにくくなるように思う。やはり、“一生懸命働くけれども休養はしっかり取って余裕を持つ”ことが大切かなと思う。

身の回りにある放射能について

中学・高校の理科や社会できっと習っていたであろうと思われるが、地球上にはいくつかの放射能があることをすっかり忘れていた。放射能の勉強会でもう一度学習できたのはある意味ラッキーだった。
それによると、身の回りの放射能には自然界にもともとある自然放射能と、人が科学の力で作り出してしまった人工放射能がある、とのことだった。
自然放射能には‖斥曚ら降り注ぐ宇宙放射線大地からから受ける放射線食べ物から摂取する放射線ぅ薀疋鵑竜枡によるものの4つがある。核種としてはカリウム40、ラドン220、ラドン222、ポロニウム210が重要。
人工放射能には主に^緡顛巴任砲茲詒鑁核実験や原発事故などによる放射性降下物の2つがある。
つまり、今回の原発事故以前から人間は放射能の影響を受けていたということだ。
特に世界の平均に比べ日本人で被曝量が多いものが二つあるそうで、全く予想していなかったので正直驚いた。一つは食品から摂取する放射線のうち魚介類に多いポロニウム210(Po-210)によるもので、これは日本人の魚介類の摂取量が多いという食習慣に起因するらしい。もう一つは人工放射能の医療被曝によるものでこれは世界最大とのことだった。
事故以前の日本人の食品からの放射能は0.98 mSvで、うち80%は魚介類からの自然放射能による。今回の原発事故の暫定規制値下での追加被爆は0.1mSvになるとのこと(2012年4月以降の新しい基準値ではもっと少ない)。約10倍違うのだから、単純に考えても自然放射能からの影響の方がはるかに大きい。医療被曝による影響は年間1人当たり平均3.8mSV。単純には比較できないかもしれないが、相当大きいことはわかる。
原発事故でセシウムがばらまかれて大変だ!と思っていたけど、今回のセシウムよりも多い量の放射能を事故以前から受けていたとは知らなかった。事故によるセシウムの影響を問題にしたくなる気持はよくわかるし自分もそうだった。だってあれは人災と言うべきもので、被害を及ぼした相手がいるわけだから、怒れてくる。でも冷静に考えると、今まで知らずに受けていた放射能についても正しく知って対処方法を考えることも必要なことのように思うようになった。
今回は食品に含まれる放射能からの被曝と医療被曝について考えてみようと思う。

★食品に含まれる放射能(自然放射能+核実験由来)からの被曝について
知っておいた方がいい事実
ー然放射能核種の主なものはK-40で、他にPo-210が多い。
K-40は全ての食品に多少は含まれている。
K含量の多い食品には相応の割合でK-40も多く含まれている。(Kは動植物にとって必要な元素であり、その0.012%がK-40)
た預里砲K-40は存在し、たとえば体重70kgの人では体内にKが140g存在し、そのうちK-40は0.017g。4300Bq程度の放射能を常に受けている。
タ預里忘任皹洞舛大きいα線を出すPo-210は特に魚介類に多い。
η間摂取量を考慮の上計算すると、魚介類からの線量が高く全体の80%を占める。これは魚介類のPo-210の放射線濃度が他の食品と比較して高いことや、日本人の魚介類の摂取量が多いという食習慣に起因している。
1980年まで行われていた大気圏内核実験により人工放射性核種はばらまかれ、土壌に蓄積し農畜産物や水産物に移行していた。現在もこの影響は残っている。

この事実を知った時、どのように思われただろうか?
今回の事故のセシウムよりも多い量の放射性物質がもともと私達の身の回りにはあったんだという事実。受け入れ難いがこれが事実。
私はこの事実を知った時、自然放射能にしろ、核実験由来のものにしろ、自分の力ではどうしようもできないもののように感じてしまった。もうすでにあって取り除けないものであるなら、あきらめに似た気持ちではあるが、よしとして受け入れるしかないのだろうと思った。それに今まで知らずに生活していたし。
唯一考えられるのは魚介類の摂取を控えることなのだが、これが妥当かどうかを考えてみた。放射能が多いからという理由だけで、日本人が昔から摂取していた魚介類を肉類などに替えた食生活にしていいのかどうか全体をみて考えてみたいと思った。

魚介類を食べる一番のメリットは魚介類に含まれる油の問題なのではないかと思う。魚介類は蛋白源ととらえがちだが、蛋白源なら肉類、乳製品、豆類だってある。蛋白源だけを考えるならこれらだっていいわけだ。しかし、昔から魚は体にいいと言われている。その所以はやはり一緒に存在する油の質がいいことに尽きる。専門的な話になるが、魚に多く含まれる油は不飽和脂肪酸のω(オメガ)3。肉類、乳製品に多いのは飽和脂肪酸。豆類に多いのは不飽和脂肪酸のω6。ω3とω6は必須脂肪酸で人間の体内では作れないものなので、必ず食べ物から摂取する必要がある。ω3とω6は局所ホルモンという人間にとって大切な物質の原料であり、原料の存在比率に応じてできるホルモンの種類が変わり、体の中の生理作用を左右するからとても大切なのだ。現代人の食生活の中では飽和脂肪酸とω6はあふれていて、わざわざ摂らなくても自然に入ってくる。しかし、ω3は極端に少なく意識して摂らないとω3不足が原因と思われる病気(アレルギー、心疾患)になることもある。ω3はえごま、シソの実、アマの実、魚に多く、特に血液をサラサラにするEPAや人の脳の機能を活発にするDHAは魚介類にすごく多い。難しい話になってしまったが、要は魚油が健康面においてとてもいい影響を及ぼすという事実を考えると魚介類を食べることを止めてしまうのはとってももったいない。ではどうしたらいいか。放射性物質は魚の内臓にたまりやすいという話があったり、なかったりする。本当のことはわからないけれど、貝にポロニウムが多いのは事実だし、魚の内臓と貝に有害物質がたまりやすいというのも事実なので、塩辛のような内臓を使うものや、貝はたまに楽しみに食べるくらいにするというのが一番妥当ではないかと思う。では、じゃこなどの小魚はどうか?まるごと食べる食品の意味は大きい。なぜなら丸ごと食品は生命そのもので、生きるのに必要な栄養素が丸ごと入った食品。要はビタミン・ミネラルがたっぷり含まれるという点で捨てがたい。なので、小魚も食べた方がよさそうだ。それにじゃこはたくさんの量を食べるものではない。
一つ言えるとするなら、毎日繰り返すようなそればっかり食べる「ばっか食べ」は避けた方がよさそうである。これは魚に限ったことではない。ばっか食べを避けるのは、環境中にあふれる有害物質の蓄積を避けるためにも大切だ。
私がリスクと恩恵を天秤にかけて導き出した結論は、今まで通り「魚介類は毎日家族に食べさせる」だった。自然放射能ポロニウム210については、今まで知らずに生活してきたわけだし、昔の人だって知らずに生活して長生きする人は長生きしてきたわけだから、いまさら気にしても仕方がないと思っている。それよりは健康によいとされる食事を続けたいと思う。それに今回学んだことをちょっとプラスして考えれば難しいことはないと思う。簡単に言うと「分づき米または白米に雑穀を混ぜて炊き、味噌汁を食べ、野菜を中心にした料理にし、魚は少し食べる。おやつに旬の果物を食べる」だと思う。要は、免疫力を高め、放射線の影響を少なく抑えることができる食生活をすることがいいのではないかと思う。魚を食べる量は1割程度にとどめる。化学物質や重金属の生物濃縮が進む大魚もできれば避ける。続けて同じ魚・貝を食べるのは避ける。これくらい気にすれば、充分のように思うがどうだろうか。「要点を押さえて普通に生活する」、これが良くも悪くも科学が進んだ世界に生きる私達の取るべき道のように思う。
名古屋生活クラブの会員である特典は誰が作ってくれたものか、どんな食べ物かがはっきる分かり、そのうえ科学的に安全であることだと思っている。気になるものはできるだけ生活クラブで買うようにすれば、家族への責任は半分果たせると思って信じて買っている。あとは自分の腕次第かな(笑)。

平成25年1月 稲川 静

生産者と対話してみて

名古屋生活クラブの懇親会に初めて参加した。今まで生産者との交流会に参加したことはあったが、1対1でお話しさせてもらったのは初めてだった。
 何十人もみえる生産者のうち、私が深くお話できたのは数人ではあったが、共通しているのはとても意識が高く、ピュアな部分を持ってみえること。そしておおらか。この人たち素敵だなあと思った。慣行栽培の農家の場合、出荷用と自家用を分けて栽培するというのはよく聞く。それも生活のためには仕方がない面もあるのだろう。でもこの人たちは一人もそんなことはしない。みんな土を良くして、野菜を健康にして、それで無農薬を可能にしてきた人たちばかりだった。ある人は本当においしい野菜の味を知っているから自分の野菜の出来が悪いと出荷していいんだろうかと悩むとのことだった。「野菜の味の出来不出来は農家が一番よく知っている。自分の作ったものを毎日食卓に載せているんだから、それはわかるよ。」とおっしゃった。無農薬だけでも立派なのに、おいしいものを届けたいという思いがひしひしと伝わってきた。「食べてくれる人の顔を思い浮かべながら作るってすごい力になるんだ。良い時も悪い時もあるのが農業。わかっちゃいるけどへこむんだぁ。」とも。自然相手の仕事は、都会に住む私の想像をはるかに超えるものがあるのだろうと思うと頭が下がる思いがした。
 このほかにもいろいろ話をしたけれど、どの生産者もそれぞれのストーリーを持っていて、あっという間に時間が過ぎてしまった。一人一人の生産者からもっと話を聞きたいと思ってしまった。そして、注文書を前にして『あの人のものを買ってみよう』と思うようになった。人柄を知って『この人の作ったものなら安心できる』と脳がきっと判断したのだろう。
 今、生活クラブに生産者との密な交流会をもっとやって欲しいとお願いしてみようかと思っている。今までも生活クラブはいろいろな交流会を開いてくれている。『田んぼの生きもの観察会』『リンゴ狩り』『味噌作り』や『生産者をお呼びしての交流会』など様々だ。これらの企画も他の生協ではなかなかないもので、これが生活クラブの魅力の一つだとも言える。営業スタッフとして会社にお邪魔するようになって驚いたのが、生活クラブのスタッフの忙しさ。あの仕事もこの仕事も一人が抱え、息つく暇もない忙しさだ。全員のスタッフが同じように忙しいのだから、想像していただければわかると思う。こんな状況でまた仕事を増やすようなお願いは心苦しいが、ここは消費者の一人としてお願いしてみようかと思っている。生産者を知れば消費者にとっては安心につながるし、生産者がこんなことまで(たとえば環境のことまで)考えて行動しているんだということを知れば、自分はできないけれど『買い支える』ことによってその活動を自分も応援していることになると思えるならば、同じお金を使うにしても消費者にとってはとても幸せなことだと思う。そして、お会いすることで、生産者の方が元気になってくれるのならば、それも消費者にとってはうれしい。何より、私たち消費者にとっても作ってくれた生産者を思い出しながら料理をし、いただくことはとっても幸せだと思う。
消費者と名古屋生活クラブと生産者とみんなで一緒にいい関係、幸せな関係を作っていきたいと思うがどうだろう。同じ思いをもっている人はぜひ名古屋生活クラブまでご一報を!声が大きければ、想像以上の企画ができるかも?(笑)お待ちしております。

平成25年2月5日  稲川 静

Cラボで放射能測定を経験してみて

先日、私が所属する“なごや国際オーガニック映画祭”の実行委員のメンバーとともにCラボにお邪魔し、3検体の測定の様子を見学させてもらった。
名古屋生活クラブの外山さんの説明によると、Cラボの機械はNaIシンチレーションスペクトロメーターというもので、機械の真ん中にヨウ化ナトリウム(NaI)があり、測定する試料の中にγ線を発する放射性物質が含まれていると、そのγ線がNaIに当たりNaIが光る。その光の強さから放射性物質の種類を特定し、光る回数をカウントして放射性物質の量を表す数値(Bq)にするという仕組みらしい。機械の真ん中にあるNaIの結晶の方向に全ての放射線が飛んで来てくれればいいのだが、放射線はどちらに飛んでいくかは分からず、機械の外に向かって飛んでいく場合はカウントできない。そういうこともあると想定して機械はカウント数を補正して値を出してくるらしい。つまり、10Bqの試料(1秒間に10回放射線が出る試料)を入れても、1秒間に10回カウントされるわけではなく、ずっと少ない数しかカウントしていないという事だ。また、放射線は一定の間隔で出てくるわけではなく、ランダムに出てくるので、誤差を含んでいる。これはサンプルから出る放射線だけではなく、外から来る放射線も同じだ。Cラボでは誤差を最小限にするために、機械の周りに厚い鉛を巻いて、外からくる自然放射能の影響を最小限に抑えるようにしたり、測定環境の変化によるずれを補正するために毎朝、塩化カリウム(自然放射能のK40を含んでいる)を測定し機械にずれが生じていないかを確認したり、周りの温度変化による誤差を少なくするため、温度管理を徹底したりしているとのことだった。Cラボの人たちの努力の上に測定がなされていることを知った。
いよいよ測定を開始するための準備にとりかかったのだが、専用容器に試料を詰めるのが大変。容器が使い捨てでないため、ビニール袋を敷いてその中に試料をぴったり1Kgになるよう詰めていく。この時、空気がなるべく入らない様に密着させて詰めていくのがポイントでこれが難関。空気が入ると誤差が大きくなるそうだ。
今回試料は、スーパーで売っていた栃木県産の豆腐、名古屋市の家庭菜園で採れた冬瓜、測定装置の精度を管理するために、Cラボで作成し、全国の市民測定所に貸し出しを行っている標準米(放射性セシウムの合計が110Bq/kgであることが確認されている2011年福島県産の玄米)。豆腐は手でつぶし、冬瓜はフードプロセッサーで砕いて、玄米はそのまま詰めた。10ベクレルの精度で測定をお願いし、各々約20分待って出た結果は、豆腐ND、冬瓜ND、玄米108Bq/kgだった。準備も含めると3検体で3時間かかった。
測定だけで10ベクレルの精度だと20分、5ベクレルだと80分かかり、更に1ベクレルだと15時間かかるそうで、測定時間だけを考えても1ベクレルの精度を求めると、とてもボランティアだけではできない作業とのことだった。今回測定してくださったボランティアさんは片道1時間かけてCラボまで来ているとのことだった。

測定してみると、測定までの準備の大変さを感じ、そして、ボランティアさんの熱意の上に成り立っている測定である事を痛感した。努力を重ねているCラボのNaI機器でも誤差がつきもので、出てきたグラフの値を正確に読み取ることの難しさはよくわかった。全品検査をうたっている企業や放射能ゼロをうたっている企業はどんな検査をしているのだろうか?と思ってしまった。ちゃんと毎日機械の補正をしているのだろうか?とか、時間的に考えると全品検査って本当にできているのだろうか?とか、ガイガーカウンターでピコピコやっているだけじゃないかとか、放射能ゼロってことはないよな〜とか、いろいろ考えてしまった。
私たち消費者は、どこまでの精度を求め、どこまでを許容するかをしっかり考える必要があるように思う。消費者が1Bqまで求めれば、苦労してでも1Bqの精度で測定はしてくれるであろう。しかし、あまり高い精度を求めれば、誤差とわからなくなってしまい何を測定しているんだかわからなくなってしまうし、お金も時間もマンパワーもかかる。企業のうたい文句にだまされないようにすることはとても大事なことで消費者として気を付けないといけないことだが、だまそうとしていない相手に対しては、費用対効果というか、そんなことまで考えて自分の中で線引きしてもいいんじゃないかなぁと思った。消費者がゼロBqを求めれば、そこに付け込んで、現実ではあり得ない放射能ゼロをうたって買わせようとする企業が間違いなくいる。だまされないためにも、やっぱり自分中での線引きは必要だと思う。
“たねまき”に「NaIシンチレーションスペクトロメーター法、C-ラボ、測定時間90分」とかって記載されているけれど、それをご覧になられた時には、測定の裏にはこんな苦労もあることを思い出していただけたらうれしいな〜と思う。
 
2013年2月 稲川

放射能について学んで思うこと

 福島第1原発事故が起こった当時は、驚愕し、ただただ不安だった。何が起こったのかを理解するだけでも大変だったし、その上人間の生命を脅かすかもしれないものが降り注いだとなれば、一人の人間としても当然だが、母親として怒りがわいてきた。東電に対しても、政府に対しても、知らなかったとはいえ反対してこなかった自分に対しても。子どもの未来を汚してしまって、本当に申し訳ないと思った。
 うちには3人の子どもがおり、当時一番下が2才。小さい子どもほど影響が大きいと聞けば、他の母親と同様、心の中は平穏ではなくなり、何を食べさせていいのやらわからなくなってしまった。名古屋にいる私でもこれほど動揺するのに、福島の母たちはどんな思いでいるのかと思うと本当に腹立たしかった。私はメディアが言う事ではなく真実が知りたいと思い、原発の正体を知るために各地の勉強会や講演会に毎週のように出かけていった。怒りが原動力になっていたのだと思う。その間文句も言わず出かけさせてくれた家族には感謝している。
まず、初歩的な放射能とは何か、数字の持つ意味は何かに始まり、広島・長崎の原爆について、地震と原発について、核廃棄物の行方についてなど、講演会・本・新聞・原発特集番組・映画などから学んだ。
 幸い、3月以降、再び爆発することもなく、とりあえず落ち着いていることもあるのだが、10ヶ月の勉強の末、もう怖がっていても仕方がないんだと思うようになった。日本中、たぶん一人も放射性物質を取り込んでいない人はいないと思う。いくら気をつけていても外食すれば入ってくるし、普通にスーパーで買ったものを食べれば入ってくる。
 では、どうすればいいか。仙人のような生活はできないのでどこかで線引きして、割り切って生活するしかないと思った。私は極力信頼できる所から食品を買うようにした。この時ばかりは、名古屋生活クラブの会員で本当に本当に良かったと思った。今までスーパーと生活クラブと半々で購入していたのだが、今はほとんど生活クラブから購入している。家以外の給食や買い食いや外食の質については管理できない。これらに関しては、私の手の及ぶ範囲ではないので、もうよしとするしかない。それより友達と笑って楽しく食べたり、楽しく外食した方が気にするよりずっといいと思った。
 事故から1年以上過ぎ、政府の基準値も下がり、細々とだが勉強を続けていてわかったことは・・・
 事故から1年以上過ぎ、政府の基準値も下がり、細々とだが勉強を続けていてわかったことは、今回の事故は不幸中の幸いというべきか、ストロンチウムの放出量は極微量だったということ。セシウムの飛散量は多いが、体の中で半分になるまでの日数は小さい子ほど早く、うちの3人の子の場合38日から70日らしく、2年もすれば体から出て行くということ注1。低線量被ばくついては正直わかっていないことが多いらしいということ。政府の言う食品100Bq/kg以下については、原発反対の立場をとる学者の中にもまあこの線が妥当とする人もいて、要は考え方の違いで本当のことは証明されていないらしいこと。政府の言う100Bq/kgが妥当かどうかは分からないが、最高でもその1/10の10Bq以下で管理してくれている名古屋生活クラブから購入して食べる分には全く問題がないのではないかと思う。限りなくゼロに近いことが望ましいに決まっているけれど、そんなことはありえないことも知った。地球には太陽からの自然放射能も降り注いでいるし、核実験由来の放射性物質が未だに残っている。むしろ放射性物質ゼロや全品検査をうたっている業者の方が怪しいのも知った。検査には時間もお金もかかり、どんな検査をしているのかわかったものではないらしい。
 安心する情報ももらってきた。私たちの体には放射線に対する防御機能が備わっているということ。太古の昔から、宇宙から降り注ぐ紫外線と放射線は恐ろしいものだったらしい。生物は長い時間をかけてこれらから身を守る術を身につけてきた。今生き残っている生物はほぼその術をもっていると言っていいらしい注2
体に入ってしまった放射性物質は自然のなりゆきに任せるしかないのだろうと思う。それよりは体に入ってしまった放射性物質の影響を最小限に抑えられるように、自分の免疫力を高める生活を積極的に行うべきだと思っている注3。現に、原爆で影響が出た人と出ずに長生きしている人がいるのだから、昔からよいと言われることをすればいいと思う。ご飯・味噌汁・野菜・果物・魚をきちんと食べる、早寝早起きをする、適度な運動をする、よくかむ、いきいき生きる。私はこの5つを目標にしている。
 1年10ヶ月経ち、消費者としてできることは何かを考えると、福島のものだから、東北のものだからと毛嫌いするのはやめようと思っている。あの事故は日本人全員が背負わなければいけないもので、ひとそれぞれレベルは違ってもどこかで受け入れなくてはいけないものだと思う。私は、名古屋生活クラブのものであれば、検出されていませんという表示がされている、もしくは検出されていても食べる頻度が少ないので問題ないとされていれば積極的に購入している。なにより、東北のものはおいしい。土地が肥沃なのか水がいいのか寒暖の差が大きいのがいいのか、それとも全ての相乗効果なのか、何が良くておいしいのかはわからないが、本当においしいと思う。放射性物質うんぬんを上回るおいしさがあるので、まだ購入されていない方にはぜひお勧めしたい。

人間の基本は毎日の食。私は衣食住のうち、食は衣・住より格が上だと思っている。衣・住は体の外側のものだが、食は体の中に取り入れるものだから。確かに放射性物質は怖いが、食を形成するものはそれだけではない。何をどのくらい食べるかという健康上の問題もあるし、農薬や添加物の問題もある。そして誰とどのように食べるかという心の問題もある。放射性物質だけにとらわれるのではなく、全体を考えて、家族にとって幸せと思える食べ方をしたいと思っている。
 
 
2013年2月3週、4週掲載

注1:年齢によって差は有りますが、同じ量の放射線を浴びた場合には、子供の方がずっと影響が大きい事は確かですが、同じ量のセシウムを摂取しても、子供の方が受ける放射線量は少なくなります。生物学的半減期が50日の場合、100日を比較して、毎日摂取し続けた場合の蓄積量は1/2、一度だけ摂取したものが1年後に残っている量は1/10、2年後に残っている量は1/100になります。
注2:完全に防御するわけではなく、かなり影響を小さくする能力を持っています。

注3:人間は、放射性物質に対する免疫は持っていませんが、がん細胞を抑える免疫を持っていますので、免疫力を高める事は、放射性物質の影響を小さくする事につながります。
(注釈 外山)

 

南信州でリンゴを作るということ

2015年1月5週号,3月1週号に掲載したコラムです。

先日、木下さんのリンゴの袋掛けに参加した。リンゴ狩りに参加した時、赤く実るリンゴ畑の風景を見て、なんと美しい光景だろうと感動したことをはっきり覚えているが、それは出来上がったものを見てのことだったので、今回はその美しいリンゴができるまでの過程を見てこようと思って参加した。
 木下さんの畑は下草がいっぱいで、バッタやカエルもたくさんいて、子どもたちは虫取りに大はしゃぎ。まだ青くて堅いリンゴだが、もぎ取ってもいいものをもらって、子ども達がその場で食べる様子は、安全だからこそできることで、慣行栽培の畑ならこうはいかない。慣行栽培の畑はそもそも下草がない。除草剤できれいにされ、木にも農薬が使ってあるから、実を取ってその場で皮ごと食べるなんてことは怖くてできない。虫がいること自体許されないのだから、害虫もいないだろうが、子ども達が大喜びする虫もいない。木下さんはリンゴにとっては害虫にあたる虫にも、ちゃんと天敵となる虫(テントウムシやハチ)がいて、それらが畑の中でバランスを取って生存する様子はとてもおもしろいとおっしゃる。しかし、天敵だけでは追いつかないのが、リンゴ栽培の現実のようだ。
そもそも、高温多雨の日本の気象条件にリンゴの栽培は適さない。木下さんの畑のある南信州は日本でのリンゴ栽培の最南端。日本の中でも青森などに比べれば、南信州は暖かく雨が多いため、病気や虫の被害も多く、農薬を使わずに栽培することがとても難しく、農薬使用量はどうしても多くなるそうだ。
日本より北に位置し、リンゴの栽培に適しているだろうと思われるイギリスの状況を、友人に聞いてみた。イギリスには“An apple a day keeps the doctor away11個のリンゴは医者を遠ざける)”という諺まであるほど、リンゴはイギリスでは一般的な果物。日本の庭先に柿の木があるように、イギリスの庭にはリンゴの木があって、味は少し酸っぱめ。大きさはサンドイッチの弁当箱に入る程の小ぶりなもので、昼食後に丸かじりするそうだ。果樹園のものは安全性の高い農薬を使ってあるかもしれないが、庭先のものには農薬は使わないとのことだった。
なぜ安全性が高いと言い切れるかというと、イギリスでは危険な農薬を使う事はもっての外という雰囲気があり、それは市民が許さないだろうとのことだ
だった。まあ、寒いから虫も日本ほどはいないということもあるとは思う。そんな友人も日本のリンゴ事情は全く知らず、初めて日本のリンゴに出合った時、これが本当に同じリンゴなのかと思うほど驚いたと言い、日本のリンゴは大きくてきれいで、そのうえ甘くておいしくて、いいねと言う。日本のものは、大きく甘くなるよう品種改良され、農薬が使われているからきれいなのだが、品種改良されているがゆえに、病害虫に弱いということもあるだろう。
 そんな中で、木下さんは殺虫剤を極力減らそうと奮闘している。慣行栽培農家のご両親には反対され、周りにも賛同してくれる人はなく、「仲間は欲しいけれど残念ながらいない」とおっしゃる。ご両親の思いも分かる。「暖かいこの地では出来っこない。家族をどうやって養っていくつもりなんだ」という息子家族を思ってのことだろう。実際慣行栽培に比べ、手間が何倍もかかるくせに、収量は半分ほどで、とても経済的には成り立たないそうだ。
 木下さんは自分が食べたいリンゴがないことに気付き、自分が食べてもいいと思える範囲の殺虫剤や殺菌剤を使い、ギリギリのラインで栽培しているとのことだった。慣行栽培農家は、農薬がどれくらい効くか、いわゆる薬効の方を気にする。しかし、木下さんは毒性の方を気にして、農薬毒性辞典を調べながら、より安全性の高いものを探して使っているとのことだった。ゆえに効きがゆるくてとても大変な労力を費やすことになる。
まず慣行栽培農家と何が違うかというと、慣行栽培では花が咲くと摘果剤を使う。これを使うと通常
56つできる実を簡単に1つにすることができ、後々大きく見栄えのいいリンゴができる。この摘果剤がくせ者で、環境や人体によろしくないものらしい。その後、浸透性農薬ネオニコチノイドを使うと、リンゴの木に付くリンゴワタムシやマイマイガやキンモンホソガを退治でき、リンゴの実を食べてしまうシンクイムシも退治できるので、袋掛けしなくてもきれいなリンゴができるそうだ。ネオニコチノイドはミツバチやトンボなどの虫を絶滅に追い込むかもしれないと言われる農薬で、EUでは4種類のネオニコチノイド系農薬が禁止になっている。つまり、木下さんは摘果剤を使わず、一つ一つ丁寧に、木の状態と葉の状態を見ながら適切な個数残すようなとても手間のかかる摘果作業をしている。そして慣行栽培農家が行わない袋がけを奥さんと二人で行っている。今回大人だけで20人くらいはいたかと思うが、下の方の手の届くところしかやれてないし、全部の木を袋がけできたわけではなく、これを二人で、しかももう一つ畑があると聞くと、とても大変な作業であることがわかる。そして、虫が出れば農薬を使わず手でつぶしたり、歯ブラシでこすり落としたりしている。これはどれだけ時間があっても足りないほど大変な作業だ。慣行栽培農家だって、手間は省いているかもしれないが、楽をしているわけではない。農薬散布は暑い夏にカッパを着て身を守りながら危険な農薬を撒く作業で、とても苦痛を伴う作業であるらしい。おそらく100%身を守れているわけではないだろうから、健康不安も出てくるだろう。
木下さんのお話を伺っていると、とても根が深い問題で、この問題は木下さん一人で頑張れる問題ではなく、国民全員が考えないといけない問題に思えてくる。日本の地に適さないリンゴを大量に、しかも大きくて見た目がきれいなものを年中求める消費者にも問題がある。そして、売れるからといって、強い農薬を使ってでもきれいなリンゴを無理やり作らせる農協やスーパーなどの流通にも問題がある。そして、もちろん国にも問題がある。なぜ危険な農薬を禁止しないのか。なぜ使用した農薬の情報を開示させないのか。なぜ低農薬で頑張っている木下さんのような人に補助金がおりないのか。本来、大事な国土や水を守る活動をしている人にこそ税金を投入すべきではないのか。スイスではこの制度がすでにあって、15年間で農薬販売額が40%減っているそうだ。
木下さんは近所の農家に低農薬で栽培している事がばれないように気を遣って栽培しているそうだ。そうでなければ、この地で暮らすことはできなくなるからだろう。病気や虫を出す可能性があると分かれば、他の農家は黙っていない。良いことをしているのに、堂々としていられないって、木下さんの苦悩を思うとやるせない気持ちになる。最近は30%農薬を減らしました!と謳って販売する農家も出てきているようだが、危険な農薬に替えて使用量を減らしただけの場合もあって、本当の意味で減農薬に取り組んでいるリンゴ農家はごく少ないそうだ。
木下さんが儲けを出して、他の農家がうらやましく思うようにならなければ、南信州での低農薬のリンゴ栽培はおそらく広がらないだろう。慣行栽培農家は農薬の効果も分かっているだろうが、怖さも分かっている人がいるはずだ。これは私の仲間の薬剤師にも、自分や自分の家族が病気になった時には薬を使わない人が複数いるから、おそらく同じくらいの割合でいるだろう。もし農薬の怖さを分かっているリンゴ農家が低農薬栽培に切り替えてくれたなら、南信州での農薬の使用量は減り、水はきれいになり、人間の飲み水を守ることにつながると思う。消費者にも値段は高いが、環境に良いことをしている生産者を積極的に応援するという視点、何でもいいじゃなくて『食べるならこのリンゴ』という視点が必要になる。世の中が低価格ではなく、安全なリンゴを求めている事が分かって流通業者が扱うようになれば、国全体が少し良い方向に動き出す気がする。イギリスのように、市民が許さないという雰囲気が出来上がるかもしれない。そして、木下さんの仲間が増えて、研究成果を持ち寄れば、より良い栽培方法が見つかるなど、好循環を生み出すかもしれない。

今、私にできることは、木下さんのリンゴを購入して食べることだが、それだけでは高が知れているので、もっと効果的な方法はないものかと思う。木下さんに「そもそも南信州では無理なんだからやめちゃえば〜」とは口が裂けても絶対に言いたくない。そんなことをしたら、農薬を勧める役人や、農協や農薬業者と変わらなくなる。でも、「もう少し使ってもいいよ」とは言ってあげたい気はする。そうでないと、木下さん一人に辛いことを背負わせることになってしまい、ひょっとしたら続けられなくなってしまうかもしれない。続けてもらうために、現時点では、消費者としては完璧なものを求めるのではなく、より良いものを求める緩やかな視点も必要なのかもしれない。続けてもらうためのもう一つの方法は、生産方法に見合うだけの高値でリンゴを買うことだが、これは市場に出してみないとわからない。生産者側はもっとPRして理解を求める必要はあるだろし、消費者側も知ろうとしなくてはならない。
結局この問題は、消費者に『農薬が使ってあるけれど、きれいなものの方がいいのか』『見てくれは悪くても安全なものがいいのか』『ある程度きれいなものがいいのなら、農薬をどの程度まで許容するのか』『低価格・見栄えの良さばかりを求める世の中でいいのか…本物の価値とは何なのか』『地球環境を含め子どもたちの未来はどうするのか』という問題を付きつけられている気がする。でも、日本はこんな問題があることすら隠されている。これが最大の問題なのかもしれない。
 
 
平成267月      稲川


 

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