しまかさんのお魚のはなし

先日、しまかさんご夫妻にはじめてお会いした。
まずは、漁業のはなし。安い魚がなぜ安いのか、安いには安い理由があることや、鮮度を保持するための薬が使われている場合があるなど、知らないことがいっぱいあった。あまりにも泳いでいる魚のことを知らなさすぎると思った。
しまかさんは3.11の震災を経験されて『子どもに生きる力をつけさせる』ことの重要性を痛感されたそうだ。宮古市でも道路は寸断され、容易に家族が会えない状況があり、一家族におにぎり1個しか支給されなかった避難所もあったそうだ。もし、父母の職場が1時間も離れた所にあった場合、子どもだけで夜を過ごすことだってあり得る。何日もおにぎり1個が続く可能性だってある。そんな時に、どう食糧を確保するか、どう水を確保するかの問題に直面する。もし生きる力のある子だったら、野原で食べられる木の実や草を見つけることだってできるかもしれない。魚を釣れるかもしれない。火のおこし方を知っていれば、腐りかけたものに火を通して食べることができるかもしれない。ナイフの使い方くらいは教えておいた方がいいなど、都会で何不自由なく暮らしている私にとっては、身の引き締まる思いがした。もう一度子育ての姿勢を改めないといけないと思った。その1つとして、しまかさんは「本当の魚の姿を知ってほしい」と思ってみえる。最近、骨のない魚の要望が多く、骨も内臓も全て取って出荷する割合が増えたそうだ。最近のレストランには魚をさばく人手や人件費を出す余裕がなく、骨のない状態で出荷しているそうだ。ある市の給食センターからは「子どもの食べが悪いから骨を取ってくれ」と言われるが、別の市の給食では食育活動の一環として「魚には骨があり、こういう食べ方をするんだよと教える教材にしたいから骨付きのままで出してくれ」と言われるそうだ。親としてどちらの教育がいいか?私は骨付きの教育がいい。魚はいのちあるもの。そのいのちをいただいて、ありがたく食べる。いのちあるものと分かれば身を残さずきれいに食べ切ろう、もったいないという思いが湧いてくる。そうすれば、箸の使い方、身のほぐし方も変わってくる。どこの海で泳いでいたものか?どうやって捕ったのだろう?という広い視野も生まれる。これが切り身で骨なしだったらそうはいかない。ただ食べる物に変わってしまい、元の姿も、いのちのことも、ありがたみも、それが採れる背景にも想像が及ばなくなる。これが加工食品の怖さだと思う。
 もう一つ、「昔のように魚を食べ、味噌汁や納豆を食べる世の中に戻れば病気も減るだろうに」とおっしゃっていた。日本の魚の消費量は年々減少傾向にあるそうだ。肉食化が進んでいる影響だろう。しまかさんのご主人はとても大柄な方で、見た目はメタボ?という感じだが、どうも違うらしい。血圧は20代の人と変わらない。高脂血症も、高血糖もなく、生活習慣病とは無縁とのことだった。昔、マグロ漁が盛んだった頃、宮古漁協に所属する船がビキニ環礁で行われた水爆実験の「死の灰」を浴びて、乗組員が被ばくしたそうだ。核実験の被害と言えば、1954年の「第5福竜丸」が有名だが、核実験をした水域には多数の漁船が留まっており、第5福竜丸ほどではないが被害が出たそうだ。その漁船はすぐに廃棄しなくてはならないほど、高濃度の放射能で汚染されていたにも関わらず、当時の乗組員でまだ長生きしている方もみえるそうだ。いろいろな影響はあると思うが、海沿いに住み魚をたくさん食べていることも関係するのではないかとおしゃっていた。『食事と健康・長生き』の問題はなかなか証明するのは難しく、専門家でも証明しきれていない。直感的に私はこう思う、たぶんこうだろうという部分がどうしても生じてしまうのだが、私も『日本の伝統食』に戻ればきっといろいろな問題が解決するだろうと思っている。これは私が得た科学的な情報と、自分が食生活を変えて元気になった経験の両方からそう思う。
私は、もっとしまかさんの話を聞きたいと思った。みなさん、聞いてみたくないですか?『魚のはなし』を。
 
平成258月  稲川


名古屋生活クラブ

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