「無知は罪」と言う母の話

2014年2月2週号に掲載したコラムです。

 1年ほど前から薬局に患者として来てくださっている、ご高齢のご婦人Aさんがいつものようににこやかに入ってみえた。1年も経つとお互いいろいろな話ができるようになっていて、世間話をするうち、「私、昔小さな子どもを亡くしているんです。薬の副作用で」とおっしゃる。その薬は今でも使われている薬で、必要あって使っている方もみえるので、薬品名を伏せておきます。怖がらせてしまうといけないから…。今はほぼ安全に使われているので、知らなくても大丈夫です。
50年も前の話。当時は夢の薬として登場したのだが、副作用が多いことが分かって、今はとても慎重に使われ、余程でないと使われないと20年前の薬学部の授業で聞いた。Aさんいわく、「後になって考えると副作用の症状はかなり前から出ていたの。おかしいと思って主治医に相談すると、アメリカではもっと多い量を使っているんだから問題ないと言われて、飲ませ続けた。それがいけなかった」と…。当時のお子さんの症状は食が細い、ただそれだけだった。
 その後お子さんの体調は悪くなって、別の病院に緊急入院し、医師から薬の副作用によるものだと聞かされたとのことだった。もうすでに手の施しようもなく、そのまま亡くなったそうだ。
 Aさんは「私が無知だったから、子どもを死なせてしまったんです。後になっていろいろ尋ね歩いたら、あの薬の怖さを知っている医師はいたんです。言われるままに飲ませた私が悪かった。知識があったなら…。本当にかわいそうなことをしてしまった。無知は罪だと思うんです」「医師を恨んでもあの子は帰ってこないから、恨むことはやめました」と…。私は言葉を失ってしまった。「無知とは言えないんじゃないでしょうか。あの当時は知らない人の方が多かったと思います。今はそんなひどい使い方はしていません。副作用の報告が相次いだためだと思います」と言うのが精一杯だった。
 Aさんが帰られて、私は落ち込んでしまった。こんなことが現実にあるのかと…。いろんな人の犠牲の上に安全性が確立されたんだと思うと、なんとも言えない気分になった。はっきり言って、当時、一般の人がその新薬の副作用を知り得たとは思えない。インターネットの発達した現代とは違う50年前に、知りたくても知りようがなかったと思う。それでも、母は悔み、悲しみ続ける。
 夢の薬、夢の農薬、夢の添加物、夢の○○ってものには、やっぱりすぐには飛びつかない方がいいと改めて思った。自然界にもともとないものを化学合成して作り出す、もしくは自然界にあっても極微量なものを抽出などの技術を使って取り出すこと自体、自然ではないのだから、よほど慎重にしたい。時間が経てば研究が進んで、いい面も悪い面も解明される可能性が高いから、その時まで待ちたい。
 薬の開発にだけ絞って言えば、現在は農薬や添加物やトクホ商品やサプリメントとは比べものにならないほど、基礎研究に時間を費やし、販売前には動物から人間まで試験を行い、時間とお金をかけてやっとの思いで販売までこぎつけるようなシステムが出来上がっている。おかげで薬は高価なものになる。よくよく検討されるので、安全面は昔に比べて上がっていると思うが、市販後に副作用報告され、添付文書上の副作用の項目が増えるということはよくあることなので、よほど切羽詰まった状況でない限り、待った方がいいと思う。医薬品救済制度はあっても、取り返しのつかない例は末端薬剤師の私でさえ見ている。ましてや救済制度のない他の化学物質に関しては誰も救ってくれないんじゃないだろうか?
 Aさんは決して無知だったわけではなく、きっと食が細くて虚弱な子どもを心配する一生懸命ないいお母さんだったのだと思う。それでも、経験した人の言葉は重い。『無知は罪』というAさんのことを、私は決して忘れないと思う。
 
稲川


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