南信州でリンゴを作るということ

2015年1月5週号,3月1週号に掲載したコラムです。

先日、木下さんのリンゴの袋掛けに参加した。リンゴ狩りに参加した時、赤く実るリンゴ畑の風景を見て、なんと美しい光景だろうと感動したことをはっきり覚えているが、それは出来上がったものを見てのことだったので、今回はその美しいリンゴができるまでの過程を見てこようと思って参加した。
 木下さんの畑は下草がいっぱいで、バッタやカエルもたくさんいて、子どもたちは虫取りに大はしゃぎ。まだ青くて堅いリンゴだが、もぎ取ってもいいものをもらって、子ども達がその場で食べる様子は、安全だからこそできることで、慣行栽培の畑ならこうはいかない。慣行栽培の畑はそもそも下草がない。除草剤できれいにされ、木にも農薬が使ってあるから、実を取ってその場で皮ごと食べるなんてことは怖くてできない。虫がいること自体許されないのだから、害虫もいないだろうが、子ども達が大喜びする虫もいない。木下さんはリンゴにとっては害虫にあたる虫にも、ちゃんと天敵となる虫(テントウムシやハチ)がいて、それらが畑の中でバランスを取って生存する様子はとてもおもしろいとおっしゃる。しかし、天敵だけでは追いつかないのが、リンゴ栽培の現実のようだ。
そもそも、高温多雨の日本の気象条件にリンゴの栽培は適さない。木下さんの畑のある南信州は日本でのリンゴ栽培の最南端。日本の中でも青森などに比べれば、南信州は暖かく雨が多いため、病気や虫の被害も多く、農薬を使わずに栽培することがとても難しく、農薬使用量はどうしても多くなるそうだ。
日本より北に位置し、リンゴの栽培に適しているだろうと思われるイギリスの状況を、友人に聞いてみた。イギリスには“An apple a day keeps the doctor away11個のリンゴは医者を遠ざける)”という諺まであるほど、リンゴはイギリスでは一般的な果物。日本の庭先に柿の木があるように、イギリスの庭にはリンゴの木があって、味は少し酸っぱめ。大きさはサンドイッチの弁当箱に入る程の小ぶりなもので、昼食後に丸かじりするそうだ。果樹園のものは安全性の高い農薬を使ってあるかもしれないが、庭先のものには農薬は使わないとのことだった。
なぜ安全性が高いと言い切れるかというと、イギリスでは危険な農薬を使う事はもっての外という雰囲気があり、それは市民が許さないだろうとのことだ
だった。まあ、寒いから虫も日本ほどはいないということもあるとは思う。そんな友人も日本のリンゴ事情は全く知らず、初めて日本のリンゴに出合った時、これが本当に同じリンゴなのかと思うほど驚いたと言い、日本のリンゴは大きくてきれいで、そのうえ甘くておいしくて、いいねと言う。日本のものは、大きく甘くなるよう品種改良され、農薬が使われているからきれいなのだが、品種改良されているがゆえに、病害虫に弱いということもあるだろう。
 そんな中で、木下さんは殺虫剤を極力減らそうと奮闘している。慣行栽培農家のご両親には反対され、周りにも賛同してくれる人はなく、「仲間は欲しいけれど残念ながらいない」とおっしゃる。ご両親の思いも分かる。「暖かいこの地では出来っこない。家族をどうやって養っていくつもりなんだ」という息子家族を思ってのことだろう。実際慣行栽培に比べ、手間が何倍もかかるくせに、収量は半分ほどで、とても経済的には成り立たないそうだ。
 木下さんは自分が食べたいリンゴがないことに気付き、自分が食べてもいいと思える範囲の殺虫剤や殺菌剤を使い、ギリギリのラインで栽培しているとのことだった。慣行栽培農家は、農薬がどれくらい効くか、いわゆる薬効の方を気にする。しかし、木下さんは毒性の方を気にして、農薬毒性辞典を調べながら、より安全性の高いものを探して使っているとのことだった。ゆえに効きがゆるくてとても大変な労力を費やすことになる。
まず慣行栽培農家と何が違うかというと、慣行栽培では花が咲くと摘果剤を使う。これを使うと通常
56つできる実を簡単に1つにすることができ、後々大きく見栄えのいいリンゴができる。この摘果剤がくせ者で、環境や人体によろしくないものらしい。その後、浸透性農薬ネオニコチノイドを使うと、リンゴの木に付くリンゴワタムシやマイマイガやキンモンホソガを退治でき、リンゴの実を食べてしまうシンクイムシも退治できるので、袋掛けしなくてもきれいなリンゴができるそうだ。ネオニコチノイドはミツバチやトンボなどの虫を絶滅に追い込むかもしれないと言われる農薬で、EUでは4種類のネオニコチノイド系農薬が禁止になっている。つまり、木下さんは摘果剤を使わず、一つ一つ丁寧に、木の状態と葉の状態を見ながら適切な個数残すようなとても手間のかかる摘果作業をしている。そして慣行栽培農家が行わない袋がけを奥さんと二人で行っている。今回大人だけで20人くらいはいたかと思うが、下の方の手の届くところしかやれてないし、全部の木を袋がけできたわけではなく、これを二人で、しかももう一つ畑があると聞くと、とても大変な作業であることがわかる。そして、虫が出れば農薬を使わず手でつぶしたり、歯ブラシでこすり落としたりしている。これはどれだけ時間があっても足りないほど大変な作業だ。慣行栽培農家だって、手間は省いているかもしれないが、楽をしているわけではない。農薬散布は暑い夏にカッパを着て身を守りながら危険な農薬を撒く作業で、とても苦痛を伴う作業であるらしい。おそらく100%身を守れているわけではないだろうから、健康不安も出てくるだろう。
木下さんのお話を伺っていると、とても根が深い問題で、この問題は木下さん一人で頑張れる問題ではなく、国民全員が考えないといけない問題に思えてくる。日本の地に適さないリンゴを大量に、しかも大きくて見た目がきれいなものを年中求める消費者にも問題がある。そして、売れるからといって、強い農薬を使ってでもきれいなリンゴを無理やり作らせる農協やスーパーなどの流通にも問題がある。そして、もちろん国にも問題がある。なぜ危険な農薬を禁止しないのか。なぜ使用した農薬の情報を開示させないのか。なぜ低農薬で頑張っている木下さんのような人に補助金がおりないのか。本来、大事な国土や水を守る活動をしている人にこそ税金を投入すべきではないのか。スイスではこの制度がすでにあって、15年間で農薬販売額が40%減っているそうだ。
木下さんは近所の農家に低農薬で栽培している事がばれないように気を遣って栽培しているそうだ。そうでなければ、この地で暮らすことはできなくなるからだろう。病気や虫を出す可能性があると分かれば、他の農家は黙っていない。良いことをしているのに、堂々としていられないって、木下さんの苦悩を思うとやるせない気持ちになる。最近は30%農薬を減らしました!と謳って販売する農家も出てきているようだが、危険な農薬に替えて使用量を減らしただけの場合もあって、本当の意味で減農薬に取り組んでいるリンゴ農家はごく少ないそうだ。
木下さんが儲けを出して、他の農家がうらやましく思うようにならなければ、南信州での低農薬のリンゴ栽培はおそらく広がらないだろう。慣行栽培農家は農薬の効果も分かっているだろうが、怖さも分かっている人がいるはずだ。これは私の仲間の薬剤師にも、自分や自分の家族が病気になった時には薬を使わない人が複数いるから、おそらく同じくらいの割合でいるだろう。もし農薬の怖さを分かっているリンゴ農家が低農薬栽培に切り替えてくれたなら、南信州での農薬の使用量は減り、水はきれいになり、人間の飲み水を守ることにつながると思う。消費者にも値段は高いが、環境に良いことをしている生産者を積極的に応援するという視点、何でもいいじゃなくて『食べるならこのリンゴ』という視点が必要になる。世の中が低価格ではなく、安全なリンゴを求めている事が分かって流通業者が扱うようになれば、国全体が少し良い方向に動き出す気がする。イギリスのように、市民が許さないという雰囲気が出来上がるかもしれない。そして、木下さんの仲間が増えて、研究成果を持ち寄れば、より良い栽培方法が見つかるなど、好循環を生み出すかもしれない。

今、私にできることは、木下さんのリンゴを購入して食べることだが、それだけでは高が知れているので、もっと効果的な方法はないものかと思う。木下さんに「そもそも南信州では無理なんだからやめちゃえば〜」とは口が裂けても絶対に言いたくない。そんなことをしたら、農薬を勧める役人や、農協や農薬業者と変わらなくなる。でも、「もう少し使ってもいいよ」とは言ってあげたい気はする。そうでないと、木下さん一人に辛いことを背負わせることになってしまい、ひょっとしたら続けられなくなってしまうかもしれない。続けてもらうために、現時点では、消費者としては完璧なものを求めるのではなく、より良いものを求める緩やかな視点も必要なのかもしれない。続けてもらうためのもう一つの方法は、生産方法に見合うだけの高値でリンゴを買うことだが、これは市場に出してみないとわからない。生産者側はもっとPRして理解を求める必要はあるだろし、消費者側も知ろうとしなくてはならない。
結局この問題は、消費者に『農薬が使ってあるけれど、きれいなものの方がいいのか』『見てくれは悪くても安全なものがいいのか』『ある程度きれいなものがいいのなら、農薬をどの程度まで許容するのか』『低価格・見栄えの良さばかりを求める世の中でいいのか…本物の価値とは何なのか』『地球環境を含め子どもたちの未来はどうするのか』という問題を付きつけられている気がする。でも、日本はこんな問題があることすら隠されている。これが最大の問題なのかもしれない。
 
 
平成267月      稲川


 


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